宗教を学べば経営がわかる
ベストセラー著者の初対談『宗教を学べば経営がわかる』池上彰 入山章栄 | 文春新書ベストセラー著者の初対談 博覧強記のジャーナリストと『世界標準の経営理論』の著者が初対談。キリスト教からイーロン・マスクまで。人を動かす原理に迫る。『宗教を学べば経営がわかる』池上彰 入山章栄https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166614622 三宅香帆さんとTBSの竹下さんが、1ヶ月間で読んだ書籍を紹介し合う Page Turners というyoutubeの企画があり、そこで紹介されていて知った書籍の一つです。ちなみに、この Page Turners の書籍は、Page Turnersブックリスト - Google Documents で公開されているようです。 対談形式の書籍は初めての経験でしたが、各章の冒頭に付された解説でポイントを掴み、その後の具体的な対談に進む構成は非常に読みやすく感じました。 「宗教と優れた企業経営は、本質が同じである」という主張を耳にした当初は、「本当だろうか?単に目を引くための言葉なのでは?」と懐疑的でした。実際、Page Turnersで紹介される以前に書店の面陳で見かけていたものの、手に取るには至りませんでした。読了後、この先入観が誤りであったことを痛感し、自らの浅慮を恥じ入るばかりです。 本書によれば、宗教と優れた経営の共通点は「同じ目標・信念を持つ人々が集い、その動機づけによって共に行動する」点にあります。特にVUCAの時代においては「腹落ちできる心の拠り所」がより一層求められ、それを提供することも両者の重要な共通点だと指摘されています。この視点には深い説得力を感じました。 宗教において「腹落ちできる心の拠り所」の重要性は自明視されていますが、経営学にも同様の重要性を説く「センスメイキング理論」が存在します。VUCAの時代には解釈の多義性が増大するため、「組織の解釈を統一し、納得感をもって行動し、その行動から得た解釈がさらなる納得感を生む」循環が優れた経営には不可欠だと論じられています。本書で紹介されたアルプス山脈での遭難事例やイーロン・マスクに関する考察は特に印象的で、正確性よりも納得性の重要さを心から理解できました。 中間管理職として特に響いたのは、トップが繰り返し語るパーパスやビジョンを、中間管理職が現場の言葉に翻訳して腹落ちさせる役割の重要性です。これは私に大乗仏教における「方便」を想起させました。法華経の「三車火宅の譬え」のように、抽象的な概念を理解しやすく伝える工夫が経営にも不可欠なのだと気づかされました。 また、パーパスやビジョンを明確に言語化し、多様な形で社員やステークホルダーに伝えることの価値も強調されています。入社時にビジョンに至るストーリーを動画で見た際の理解のしやすさを思い出しました。これは宗教における聖書を基にしたステンドグラスや彫刻、絵画に相当するものでしょう。仏教においても釈迦の十大弟子の一人である難陀を題材にした戯曲があったことも思い出されます。 この書籍の中核となる「優れた経営と宗教は『腹落ち』が鍵を握る」という主張は、読後に自分の中でも確かに「腹落ち」しました。 本書を通じて、経営学と宗教の共通点を軸に展開される豊富な知識の数々—両利きの経営、レッドクイーン理論、チャーチ・セクト論(legitimacyの獲得)、プロテスタンティズム(特にカルヴァン派)の資本主義への貢献、ティール組織など—に触れられたことは、知的好奇心を大いに満たしてくれました。 memo センスメイキング理論 相対主義(relativism)に基盤を置く。相対主義とは、人(=主体)と対象物(=客体)は、ある意味で不可分であり、主体ごとに客体の解釈が変わってくる」こと。同じ本を読んでいても学びは違うという考え方。実証主義はその逆で、同じ本を読んでいるのであれば、みんな学びは同じであるという考え方。 VUCAの時代には、人によって解釈の多義性が大きくなりがち。「AIをどう思うか」「気候変動は人類になにを及ぼすか」 「組織の解釈を揃えて、納得しながら行動し、その行動から得た解釈が、さらなる納得感を生む」というサイクルを作っていくのが大事 -> センスメイキング理論 パーパス、ビジョンを掲げる企業は増えているが、社員はそれに腹落ちせず目先の数字の正確性を重視しているのでは。不確実性の時代に腹落ちがないまま動けない。正確性より納得性が大事 ハンガリーの偵察部隊が冬のアルプス山脈で遭難した。偶然ポケットに入っていた地図を頼りにチームが合意にいたり下山にチャレンジし成功する。しかし地図はピレネー山脈のものだったのだ。勘違い故に「地図があるので下山できるかもしれない」とチーム全員が腹落ちしリスクを取ることができた。 トップはしつこく語って腹落ちさせる。中間管理職は現場の言葉に置き換えて腹落ちさせる。ビジョンをきちんと言語化しみせていく(動画とかもあり)。 平井さんはソニー中興の祖。ソニーという宗教を「KANDO」という言葉で再定義。中興の祖は傍流から社長になることが多い? 持論は普遍性が証明されて初めて理論になる カルヴァン派の思想が、アメリカ、イギリス、オランダの資本主義を発展させることに大いに貢献した カルヴァン派の特徴は「予定説」 誰が死後に神に救われるかは,神によって既に決まっている マックス・ヴェーバー(Max Weber) の著書『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』いわく 「自分は救われているのか?」という不安は消えない → そのため、「救いのしるし」を現実の行動の中に見出そうとする。→ ベルーフ(Beruf:職業・天職)に必死に取り組む 宗教に関連したキャッチアップ 東方正教会は、国ごとに独立した正教がある。ウクライナ正教とベラルーシ正教はロシア正教の管轄下にあったが、ウクライナ正教が(クリミア併合などに反発し)独立を宣言、ロシア正教のキリル総主教はそれに不満を持ち、ロシアのウクライナ侵攻を「祝福」した。もともとはロシア正教会のもとに建てられ、現在は日本正教会としてロシア正教会とつながりを持つニコライ堂は「あらゆる暴力行為と破壊に反対」とウクライナ戦争に抗議している。 「カリフ」はムハンマドの後継者の名前。直近では、オスマン帝国のスルタンがカリフの名前を継承していたよう。トルコの初代大統領ケマル・アタチュルクがカリフ制度を正式に廃止した。宗教的権威が政治に介入する体制を否定したかった。ISのバグダディ(偽名)がカリフを宣言した。それも腹落ちで人を動かした例。 現在のローマ教皇(第266代)フランシスコは、アルゼンチン出身。南米は高い信者数だが、近年プロテスタントへの改宗も進んでいる様子。アフリカのサハラ以南でカトリック教徒が急増しており、今後は強固な地盤になる。 チャーチ・セクト論 チャーチ: 社会に広く受け入れられ、制度化された大規模宗教(例:国教会、カトリック) セクト: 純粋な信仰を重視し、社会と距離を取る少数派の宗教共同体(例:原理派プロテスタント) デノミネーション: セクトとチャーチの中間で、一定の正当性を得た団体(例:ルター派) カルト: 伝統宗教とは異なる独自の教義を持ち、しばしば社会から孤立・警戒される新興宗教(例:統一教会、かつてのオウム真理教) イスラム教には教団がない 共同体は「ウンマ」と呼ばれる。国境や民族、言語を超えた「全世界のムスリム(イスラム教徒)による一つの共同体」 ウンマの指導者は「イマーム」と呼ばれる 「イマーム」について血統を重んじるのが約15%を占めるシーア派、血筋関係なくムハンマドの言行(スンナ)を拠り所にしてウンマを運営しようとしているのがスンナ派 イスラム法学者「ウラマー」 イスラム金融 イスラム教は利子を取ってはいけないという教えがある(シャリーア) イスラム銀行は預金者と一緒にその会社を買い取り、経営する人は利益が上がったら買い戻して、上乗せ金額を山分けする イスラム教は入るのは簡単だが出られない 「アッラーの他に神はなし、ムハンマドはアッラーの使徒なり」とイスラム教徒の男性2人の前で唱える 棄教は禁じられている イスラム教のルールはコーランが生まれた地域や時代の実利に合わせて創られているかも お酒を飲むと水分を欲するようになるので乾燥地帯だと危険説 豚を食べないのは、人間と食べるものがかぶる、あるいは豚の間で病気が流行っていたから説 英国国教会に弾圧され海を渡ったピューリタン ヘンリ8世が王妃の侍女と結婚するために、王妃と離婚するための承認をローマ教皇に求めたらところ、破門された イギリス国教会を作ったが、教義の違いによる独立ではなかったので、中身はカトリックに近く、カルヴァン派の影響を受けた人々が不満をつのらせていた エリザベス一世は、そういった熱烈な信者を「pureな人たち」と皮肉ったことからピューリタンと呼ばれるようになったそう。 ちなみに、カトリックにおいては、結婚は「秘跡(サクラメント)」の一つとされ、神の前で結ばれる「聖なる契約」で、離婚は禁止とされています。たとえ世俗の法律で離婚しても、カトリック教会の見解では2人は依然として結婚したままです。このハードルが高いために、PACSなどのパートナーシップ制度の利用が増え、婚外子も増えている説もありそう(感想)。 アメリカの大富豪はなぜ寄付をするのか 新約聖書のマタイによる福音書曰く、「金持ちが天の国に入るのは難しい」 市場に製品を供給することは隣人愛の実践? 経営に関するキャッチアップ 両利きの経営(Ambidexterity)とは、既存のビジネスを効率的に運営しながら(知の深化 - Exploitation)、同時に将来のイノベーションのために新しいことに挑戦する(知の探索 - Exploration)という、相反する2つの活動をバランスよく実行する経営のあり方。日本の伝統的な大企業や中小企業で足りてない。探索というのは、「まだ答えがないことに時間と労力をかける」行為なので、短期的な成果が見えにくく、曖昧で、不確実性が高い。「知の探索」を続けるには腹落ち感が重要。 レッドクイーン理論は、一言で言えば「現状維持は、実質的な後退」。 現状維持や効率化(知の深化)だけでは「ただの現状キープ」であり、 競争環境ではむしろ相対的な地位を落とす。持続的な差別化や競争優位を築くには、「探索(新技術・新市場・新価値)」が不可欠。ガラケーで他者と競い合っていたら、iPhoneが市場を奪っていく図。 ティール組織 「ある一定の価値観を共有した組織で、個人個人が各自の判断で自律的に行動する、自律分散型の組織」 = 「特定のリーダーがいない、ある意味で全員がリーダーの組織」 組織の進化段階を「色」で分類し、最も進化した形がティール(青緑) 社会学ベースの制度理論(Institutional Theory) 人は必ずしも合理性だけでは行動せず、心理バイアスのかかった行動を取る 中でも、その社会・組織で正当性(legitimacy)があると認識された行動を取るようになる みなが特に深く考えずに同じような行動を取るようになる(isomorphism)