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読んだもの/2026-02-07

福音派―終末論に引き裂かれるアメリカ社会

福音派―終末論に引き裂かれるアメリカ社会 -加藤喜之 著|中公新書|中央公論新社
近年、巨大な影響力を誇るアメリカの福音派。独特の終末論的な世界観を持つ宗教集団・運動は、いつから勢力を拡大し、政治的・文化的闘争に関与していったのか。本書は、アメリカの人種差別や中絶・同性婚問題、イスラエルとの関係などに福音派がいかに関わったのかを描く。カーター、レーガン、クリントン、オバマら歴代大統領、そしてトランプたちとの交差も示し、超大国に深い亀裂が入った経緯と現在地を照らし出す。
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福音派―終末論に引き裂かれるアメリカ社会 -加藤喜之 著|中公新書|中央公論新社

仏教について興味深いな〜と思い関連書籍をちまちま読んでいますが、同時にキリスト、イスラムなどの一神教も興味深く感じています。私が兼務している仕事の1つに海外事業のSREがありますが、人口の約8~9割をイスラム教徒が占めるインドネシアのメンバでは働くことがあります。それは、イスラム教を含めた一神教に興味を持つようになった1つの要因でしょう。

高校時代に遡ってみると、私とキリスト教との接点も存在しました。オーストラリアに修学旅行に行ったときのことです。ちなみに、公立学校の修学旅行で海外へ行くのは珍しいようです。大学に進学した後に、他者の修学旅行に関するエピソードを聞くようになってから気づきました。
修学旅行といえば、みんなで旅館に泊まってワイワイというイメージがありますが、私の修学旅行は1人1家庭のホームステイでした。基本的に、日中は現地の学校で授業を受けさせてもらったりと、同級生と共に行動するのですが、日曜日だけは異なりました。日曜日はホストファミリーと丸一日過ごすのです。後から聞くところによると、家庭によって過ごし方はまちまちだったそうです。ゴールドコーストに連れて行ってもらった人もいれば、ホストファミリーの子どもとずっとマリオカートをやっていた人もいました。

私の場合は、モルモン教(末日聖徒イエス・キリスト教会)の礼拝に連れて行ってもらいました。あのときは、パンと水がキリストの肉体と血の象徴と知らないまま、回されてくるそれらを口にしました1。聖歌はまったく分からないので、雰囲気で小さく音を出していました。今でもキリスト教式の結婚式に参列したときには同じことをしています。

聖歌を歌った後は、礼拝堂から移動し、小さな会議室のような場所へ移動しました。そこでは、キリストの行いに関するレジュメが配られて(今考えると新約聖書の抜粋だったのかもしれません)、感想を述べるように言われたのを覚えています。ホストファミリーとも離れ離れになった状態だったので、かなりプレッシャーを感じていました。無難なことを言って切り抜けたような気はしますが、詳しいことは全く覚えていません。

修学旅行直後は、礼拝よりもその後の出来事の方が、自分の中で色濃く残っていました。
礼拝の後に、外でバーベキューをしました。ぷりっぷりのボイルされた巨大なソーセージがとても美味しかったし、腹ごなしにホストファミリーとかくれんぼをしたのが楽しかったのです。

しかし、今では礼拝に行ったことも貴重な経験ととらえています。
そういった体験があるからか、キリスト教にも知的好奇心が湧くのだと思います(後から脳内で断片的な記憶を物語に仕立てた可能性は否定しきれませんが…)。以前に読んだ ヒルビリーエレジー では福音派教会に通う実父と一時期交流するヴァンスの姿が描かれていました2。それは、それまで私が抱えていた現代アメリカのイメージとは乖離していました。
ヒルビリーエレジーを読んで以来、福音派とはどういったものか気になっており、福音派―終末論に引き裂かれるアメリカ社会 を手に取りました。

特に、印象に残った2点について、以下で詳述しました。
この他にも、ラジオやテレビといった新しいメディアを福音派は上手く使った点や、1950年代のビリー・グラハムによるvs共産主義へのイデオロギーが混ざった原理主義に始まる政治との関わり、ジミー・カーターの回心体験(ボーン・アゲイン)など、興味深い記述がたくさんあり、非常に面白かったです。

人口に膾炙した終末論

20世紀を通して、福音派のみならず全米に浸透したのが、特殊な終末論「ディスペンセーション主義」です。ディスペンセーション主義によると、聖書に記されている歴史は、以下のような7つの異なった「体制(Dispensation)」に分けられます3

  • (1) 天地創造からアダムとイヴがエデンの園を追放されるまで
  • (中略)
  • (5) モーセの律法が与えられた時から、ペンテコステ4までの時代
  • (6) キリストの死と復活から始まって、現在も継続している時代
    • この「体制」の最後に、人々は空中に「携挙(Rapture)」され、地上に残された未信者たちは戦争や飢饉や政変による苦しみの時を過ごす
    • さらに地上を収める「反キリスト」と言う悪魔的な支配者が現れる
  • (7) キリストの再臨をもって始まる時代、地上における人間生活最後の千年間の時代
    • キリストが再臨すると、この「反キリスト」との最終戦争、すなわち「ハルマゲドン」を戦う
    • この戦争に勝利したイエスは1000年王国を築き、新しいエルサレムに王座を据える

再臨からの最後の審判はキリスト教の中で派閥問わず広く共有されている世界観という印象があります。資本的主義精神へと結びついた(と主張されている)ことで有名なカルヴァン派の予定説も最後の審判の存在がベースにあります 5

この筋書きも十分に特徴的ではあります。しかし、ディスペンセーション主義の主な特徴として挙げられるものとして、旧約聖書における預言や約束はイエスの到来によって成就したものではなく、イスラエルの民(ユダヤ民族)もいつの日か神の約束に与れる、という解釈があります。ただし、携挙の後の受難の後に、イエスをメシアだと信じることで救われるという筋書きになっており、ユダヤ教を肯定するものではないことに注意が必要です。
ディスペンセーション主義はユダヤ教を肯定するものではありません。ではなぜ福音派はイスラエルに熱意があるのかというと、イスラエルは携挙とイエスの再臨をもたらす重要な鍵の1つであるためだ、と書籍の中では指摘されています。
単なる政治的・経済的な「損得勘定」を超えた宗教的イデオロギーがアメリカという大国を動かす1つの要素になっていると私は感じました。

さて、このディスペンセーション主義的な終末論は、2つのベストセラー作品によって広く人口に膾炙したと言えそうです。1つは、1970年から10年足らずで1000万部を売り上げた「今は亡き大いなる地球」。もう一つは、1995年に刊行され、シリーズ総数6500万部を売り上げた「レフト・ビハインド」シリーズです。「レフト・ビハインド」は ヒルビリーエレジー にも、一時期ヴァンスが入れ込んだ一冊として登場していました。
ディスペンセーション主義の大衆化は、福音派の外部にも信奉者を集めるようになりました。代表的なものにQアノンの陰謀論6があります。Qアノンを信じる人(あるいはトランプ支持者)にとって、政治は明確な善悪に分かれており、善の後ろには神が、悪の後ろにはサタンがいる世界が見えています。だからこそ、敵(悪魔)を徹底的に叩く…ここにアメリカ分極化の鍵があると、本書は指摘しています。

ディスペンセーション主義の大衆化は、アメリカ人のイスラエル観にも大きな影響を与えました。プロテスタントは伝統的に反ユダヤ主義的な傾向を持っていました 7 が、2013年の調査によると、64%のプロテスタントはイスラエル国家を支持するそうです。

福音派はなぜ政治に影響力を持ったのか

1979年のモラル・マジョリティというロビー団体の発足まで、福音派・原理主義者のほとんどは政治的関わりは薄かったようです。一部のディスペンセーション主義者は、イエスの再臨が迫っていると思うあまり、長く残るレンガの建物を作ることにさえ批判をしていたと言います。
日本では釈迦の死後の56億7千万年後の弥勒菩薩の下生のときのために、ずっと残るお墓に石を使うようになったという説があります8。同じように再臨を待っているものの、時期が明確かそうでないかで、逆の行動が見られる点が面白いです。

伝導師ジェリー・ファルウェルがモラル・マジョリティの活動を通して、それまで孤立してきた原理主義者9が共同戦線を張るようになりました。特に南部の教会でその傾向が強く、結果的に1つの大きな福音派[^11]が形成されたようです。

モラル・マジョリティが活動をする前は、全米に4000万人以上いるとされる福音派のうち45%は選挙で必要な登録さえしていなかったようです10。モラル・マジョリティの目的の1つは、政治への関心がない福音派・原理主義者を動員することでした。そして、もう一つの目的は、保守的な政治家への選挙協力でした。政治資金団体を立ち上げ、保守的な共和党候補に献金を行いました。

彼らが目指したのは、アメリカ社会全体をキリスト教的な「古き良き」価値観に立ち返らせることでした。
福音派が政治色を強めたきっかけは、連邦政府から私立学校への介入です。祈りや聖書朗読の禁止といった世俗主義の台頭や人種隔離の継続11のために、キリスト教系白人私立学校が1960年代に乱立しました。人種差別を根拠として、それらの教育機関に連邦政府からメスが入ったのが70年代でした。
他方で、中絶問題12は政治に参入し始めたキリスト教徒を1つにまとめあげ、理論武装させ、組織化するのに貢献したと指摘されています。
この保守政治宗教運動の中心にいたのが思想家がラッシュドュー二ーです。彼の終末論によると、キリストの王国は携挙の後に確立されるのではなく、今まさに確立されつつあるものです。そのため、政治や経済もキリスト教的でなければならないと主張しました。これは、福音派による、福音から法へ、天界から地上へというコペルニクス的転回を起こしました。

1980年の大統領選挙で、ロナルド・レーガンが福音派を取り込み、共和党陣営は大勝利を収めました。デトロイトの共和党大会で、レーガンは福音派に寄り添ったメッセージを口にしました。それは「Let's make America great again」という、32年後にドナルド・トランプに再利用されるフレーズだったのです。
モラル・マジョリティが解散した後も、それを引き継ぐキリスト教連合、そして21世紀にはティーパーティー運動13を支えた信仰と自由連合が作られ、福音派と共和党の蜜月は続き現在に至るようです。
米国の白人に最大限の利益を与える伝統主義的、民族文化的、政治的志向を指す キリスト教ナショナリズム 14 の信奉者が現在のトランプ政権を支えているようです。

今まで社会の様々な面で、下駄を履かせてもらっていた 15 集団のアイデンティティが、公民権運動を始めとする社会の動きによって揺らぐことで、キリスト教ナショナリズム への熱狂が生み出されているのかもしれないと私は感じました。

Footnotes

  1. 共観福音書によれば、最後の晩餐のときに、イエスはパンを取り「これがわたしのからだである」といい、杯をとり「これがわたしの血である」といって弟子たちに与えました。ちなみにカトリックや多くのプロテスタントではぶどう酒あるいはぶどうジュースを使いますが、モルモン教はアルコール禁止だからか水が用いる教会が多いようです。洗礼を受けていない身でパンを口にできるのはモルモン教の1つの特徴のようです。

  2. ヒルビリーエレジー P.168 参照

  3. 本書においては、1~4については言及されておらず、全体の流れは ディスペンセーション主義 - Wikipedia を参照した

  4. ペンテコステ はイエスの復活・昇天後、集まって祈っていた120人の信徒たちの上に、神からの聖霊が降ったという出来事のこと。使徒言行録に記載。使徒言行録とは、4つの福音書のうちの1つ「ルカによる福音書」と同じ著者によって記録された、初代の使徒たちの伝道活動の記録(100分de名著 新約聖書 福音書 P.17 参照)。ペンテコステ時に起こった異言を話し始めるという現象が1901年の米カンザス州で起こったことをきっかけに、ペンテコステ派というプロテスタントが存在する。

  5. ふしぎなキリスト教 P.296 を参照

  6. 終末論的な色彩を帯びた、インターネット掲示板4chan由来の陰謀論のこと。トランプをユダヤ人を捕囚から解放したペルシアの王キュロスのような救世主的な存在としている。

  7. ルターは晩年に反ユダヤの立場を取っていたためかもしれません。ユダヤ人と彼らの嘘について - Wikipedia を参照。

  8. 葬式仏教の誕生 にてこのような記載があったと記憶しています。が、読んだのが数年前なので自信ないです。

  9. 神学におけるモダニズムを否定する保守的なプロテスタントを原理主義者と呼びます。進化論や高等批評に対するカウンターとして出版されたファンダメンタルズが由来とされています。ちなみに、高等批評とは、聖書の本文の成立過程や編集の歴史などを批判的に分析する文献学的な研究です。 [11]: 同時代の原理主義者たちの時代遅れの考えや差別的な言説から区別するために新しい名称を使用した、つまりブランディングの側面があったのではないか、と書籍にて指摘されています。しかし、80年代以降は一部の原理主義者を包摂しだすため、福音派と原理主義者という名称は同一線上にあると考えて良いようです。

  10. 日本とは異なり、アメリカは投票者が事前に登録作業を実施する必要があるようです: https://www.usa.gov/voter-registration

  11. アメリカ南部の人種差別の闇は深く、60年代の公民権運動を受けてもなお、差別は一掃されませんでした。公立学校では強制的に人種隔離が撤廃されましたが、一部の私立では人種隔離が継続されました。当時の多くの白人達は黒人と机を並べることが耐えられなかったのではないかと推測されています。

  12. Duo 3.0 という単語帳に載っていた pro-choice という単語から、アメリカ人工妊娠中絶に関する議論が存在することを知りました

  13. オバマ政権発足直後から始まった市民の草の根運動。大型の景気対策や住宅ローン救済案は連邦政府の細部増加につながるという批判を展開していました。そもそも、それらはブッシュによる負の遺産によるところが大きいらしいのですが…。

  14. ここでの「キリスト教」は特殊。正統的なキリスト教は普遍主義的で他民族主義が前提。

  15. 下駄を履かせてもらっている一方で、なんらかの負の側面もあったのかもしれません。なぜ「地方女子」は呪縛になるのか のP.154においても、男性が勉学(進学)において下駄を履かせてもらっている一方で、高いプレッシャーによる未成年の自殺の多さが示唆されています。下駄の恩恵を受けている人のほうがmajorityであるとは思います。