会話の0.2秒を言語学する
「会話の0.2秒を言語学する」は、ゆる言語学ラジオ(Podcast / YouTube番組)のパーソナリティである水野さんの単著です。
私は、ゆる言語学ラジオのリスナーではあるものの、熱心には聴いていないゆるい部類なので、発売から数カ月が経ったこのタイミングで本書を手に取りました。
ちなみに、同番組で好きなシリーズは、赤ちゃんの言語習得 や うんちくエウレーカクイズ です。パーソナリティお二人のテンポの良い掛け合いや、仲良くゲラゲラ笑っているさまが好きで聴いているため、言語学そのものへの興味はやや薄めだったりします。そのせいか、ふと出てくる「統語論」や「生成文法」といった用語にピンと来ないことが多々ありました。そこで、私の中で記号接地待ちの状態になっているそれらの用語のために、この本を読んでみることにしました。
言語学を網羅的に解説した教科書を求めるなら、別の書籍が適しているのかもしれません。しかし、「ターンテイキング」という言語運用の一面に焦点を当てた本書は、言語学の持つ魅力を鮮やかに引き出してるように思います。私のような初学者にとって、まさに「最適な最初の一冊」だと感じました。
特に、各章の導入エピソードはどれも引きが強く、ページをめくる手を後押ししてくれます。なかでも、第4章のマーガレット・サッチャーがなぜ頻繁に話を遮られてしまうのかを分析した研究に始まる導入1は流石に気になりすぎました。
そして、終章がめっちゃええですね。ほんまに。めっちゃええです 2。
個人的に、特に面白く興味深かった点を3つ挙げてみます。
漫才のボケは協調の原理からわざと逸脱すること
「文脈(コンテキスト)の解剖」とも言える語用論の章では、イギリスの哲学者ポール・グライスが提唱した「協調の原理」が紹介されていました。
これに先立つ20世紀半ば、同じくイギリスの哲学者ジョン・オースティンによる「言語行為論」のアプローチが大きなムーブメントを巻き起こしました。言語行為論とは、「発話とは単に事実を伝えるものではなく、言葉を通じた世界への働きかけである」と捉える考え方です。
グライスは、「人はなぜ、どうやってその働きかけの解釈を特定できるのか」という言語行為論が残した謎に光を当て、人が会話をするうえで自然に従っているルールを提案しました。これが「協調の原理」です。この原理は4つの公理(量・質・関係・様態)から構成されており、これらが破られたとき、言葉では表現されていない「含意(意図)」が立ち現れます。
個人的に面白かったのは、この「協調の原理」がお笑いを見るときにも応用できる点です。全てのボケを説明するのは難しいかもしれませんが、このレンズを通してお笑いを見ると、「協調の原理から外れるボケ」に対して違和感(引っ掛かり)が生じ、それがツッコミや視聴者によって正されていくというプロセスを見出すことができます。
そもそもボケという行為は、「意図的に行う不合理な行動3」や「とぼけた発言や間の抜けた受け答えによって笑いを誘うこと4」などと説明されます。私は当初、これを「質の公理」の逸脱としか捉えていませんでした。しかし、「協調の原理」を知ることで、より腑に落ちる形でボケを捉え直すことができました。
2025年M-1グランプリ決勝のドンデコルテの2本目の後半では、小橋さんが耳の痛い正論を続けて述べている最中に、突然銀次さんが「行ける選挙は全部行ったよ!」と大きい声をあげるシーンがあります。これは「質の公理」の逸脱というよりは、文脈を無視した「関連性の公理」からの逸脱として説明する方が、よりしっくりときます。
他にも、真空ジェシカの川北さんが問いかけに対して答えず「まーごめ」とだけ返すのは、「量の公理」(必要な情報を十分に提供する)からの逸脱と捉えることができます。 このように、「質の公理」からの逸脱だけで説明できるボケは限られており、この理論を知ることでお笑いの見え方が大きく変わったように思います。
お笑いに限らず、日常会話が面白い(funnyな)人は、これら様々な公理の逸脱を、相手に不快感を与えない絶妙な範囲で使いこなせる人なのかもしれません。
語用論の章はその後、「関連性理論」へと進み、コミュニケーションモデルは「暗号の解読」ではなく「推論」であると主張します。私たちは発話を解釈する際、できるだけ少ない労力で最大の効果(関連性)が得られるよう推論を行い、そのコストに見合う結論が出たタイミングで思考を停止する、というものです。
これをソフトウェアエンジニアリングで例えると、人間のコミュニケーションは「L7においてプロトコルの合意がない通信」のようなものかもしれません。
「日本語を使う」という下位レイヤーの合意はあっても、その中身の解釈(プロトコル)はサーバーサイド(受け手)で推測するしかありません。いくつかのプロトコルを試行し、タイムアウトしない範囲で最適と思われるレスポンスを返す。そのようなプロセスに思えました。
オンライン会議はなぜ疲れるのか
私はフルリモートで働いています。2021年に入社して以来ずっとリモートワークなので、かなり慣れている方だとは自負していますが、それでもオフラインに比べて、オンライン会議は効率が悪かったり、どこか居心地の悪さを感じたりすることがあります。
本書の第4章を読み、その理由の一端が見えてきた気がしました。まずは、ターンテイキング(会話の順番交代)の問題です。タイトルの0.2秒は世界の平均値ですが、日本語の平均はわずか7ミリ秒だそうです。速すぎますよね。どう考えてもGoogle Meetなどの通信ラグはその何倍もあります。さらに、カメラオフの会議では視線やジェスチャーといった非言語的なヒントも得られないため、より大変です。
また、意図しない沈黙が生じてしまう点も課題です。本書では、沈黙もまた一つの情報として機能することが述べられています。沈黙は発話の終了や、肯定・否定といったニュアンスを読み取るために使われます。しかし、オンラインではネットワーク品質やBluetoothの遅延、あるいはPCのセキュリティツールによる処理待ちなどの影響を受けます。ミュートのまま話してしまうミスも頻発します。 フィラー(「えー」や「あのー」など)を使って自分のターンを維持しようとしても、そのフィラー自体が遅延して相手に届かない可能性すらあるのです。
私は、国内事業ではWebフロントエンド・バックエンドエンジニアとして、海外事業ではSREとして働いています。海外事業でインドネシアのメンバーと話す際、彼らがオンライン会議のラグをどう感じているのかが気になりました。 同論文によると、ラオスのデータの平均は約400ミリ秒とありました。地理的に近い日本と韓国でも値が大きく異なるため、インドネシアがラオスと同様の傾向にあるかは分かりませんが、もし許容される間がもともと長い文化であれば、彼らはオフラインとオンラインの差をそれほどストレスに感じていないのかもしれません。
人文学は自分と出会い直すことができる学問
ゴールに立っていたのは、なぜか相手の発話の意図が高速で理解でき、立ちどころに返答ができるという、ある面において異常な自分だった。 何を知りたいと思って人文書を読むと、どうしても自分と出会い直すことになる。
上記は、私の中でとても印象に残っているフレーズです。
終章では、コミュニケーションの相対化が試みられています。マダガスカル島の住民やムラブリといった閉鎖的コミュニティでは「新しい知識は権威につながる」ために協調の原理が守られないことや、東北地方のコミュニケーション行動を例に、日本国内でもコミュニケーションにおける正解が異なることが紹介されます。また、方言を相手との距離調整のために使うという、定型発達の人が無意識に行う高度な振る舞いが、ASD児にとっては(むしろ合理的であるがゆえに)理解が難しいという指摘もなされています。
そして著者は、語用論的推論や発話の難しさにも触れ、0.2秒という極めて短いターンテイキングの中で信じられないほど高度な処理を行っている実態を指摘します。そのうえで、「普通の人のコミュニケーションの方こそ、ある面で異常(奇跡)ではないか」と主張しています。
言語学を通じ、「これほど難しいことを自然に行っているのか」と驚くことを、著者は「自分と出会い直す」と表現しました。そして、これこそが人間を特別扱いする人文学に共通する特徴だと指摘しています。
確かに、人文学にはそうした側面が強く表れるように思いました。最近読み始めた文化心理学の書籍5によれば、自己に関する記述課題において、アメリカでは抽象的な性格特性(「社交的だ」など)が多く挙げられる一方、日本では社会的役割(「〜の係長だ」など)が多く見られたそうです。実際、自分の過去の自己紹介を振り返ってみると、性格的な特徴への言及がほぼないことに気づきました。自分を相対化して見ることで、新たな発見がありました。
著者の主張とはやや異なりますが、個人的には社会科学や自然科学もまた、「自分と出会い直す」ことができる学問だと思っています。ただ、人文学に比べるとその性格は控えめかもしれません。
例えば、教育社会学のデータで、2009年3月の中学校卒業者を対象とした進路統計およびチャート6があります。これはちょうど私の学年に当たりますが、私と同じキャリアを辿っているのは1000人中わずか77人でした。自分を基準に「普通」を語る危うさを知り、これもまた自分を相対化することによる出会い直しだと感じました。
自然科学においても、例えば生命科学には同様の特徴があるように思えます。双生児研究から判明した「心理的形質には大きな遺伝的影響がある」「環境要因は家族間で共有されない」といった分析結果には、かなり驚きました7。現在の自分を形作った要素を捉え直すことも、一つの出会い直しと言えるのではないでしょうか。
Footnotes
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サッチャーのイントネーションは、ある特定のフレーズの終わりに急激に下降する特徴があり、イギリス英語話者はそれをターンの終了と認識しやすいとのことでした。面白い。 ↩
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M-1グランプリ2025でミルクボーイの駒場さんがたくろうにかけた言葉 ↩
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新明解国語辞典第8版における見出し語「ぼけ②」 ↩
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「教育格差」を著した松岡亮二さんが編集された「現場で使える教育社会学」に掲載されているチャートのこと。「ふつう」の人生を想像する にも載っています。 ↩